サイモン&ガーファンクル 映画「卒業」について

映画 卒業

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今から半世紀も前、私が小学校の時に映画「卒業」は公開されました。

私がこの映画を観たのは高校生になってからでした。

 

私は当時、高校での部活は合唱部に所属していました。

午前の授業が終わり、お昼になると合唱部の仲間と2.3人でお弁当をもって音楽室へ行き、好きなレコード(当時はCDは無い時代)をかけてステレオで聴きながらお弁当を食べるのです。

音楽室にはクラシック、合唱曲、スクリーン•ミュージックまで色々なレコードが置いてありました。

当時、スクリーンミュージックの中にも好きな楽曲は沢山ありました。

 

 

私はどちらかと言うと映画そのものよりも、主題歌や挿入歌の音楽に関心が高かったのです。

 

その為に、余り映画は観てはいないのですが「卒業」だけは、高校生になってから観に行きました。

多分、サイモン&ガーファンクル」の曲に魅了されていたので、珍しく映画館まで足を運んだ様な気がします。


Simon & Garfunkel 映画「卒業」 The Sound of Silence

 

1967年公開、日本では翌年1968年に公開

監督はマイク•ニコルズ、

ダスティン•ホフマンとキャサリン•ロスの演じる青春、恋愛のアメリカ映画です。

 

この映画でベンジャミン役を演じた、無名の舞台俳優だったダスティン•ホフマンは一気にスターダムへと、のし上がりました。

 

「その結婚、チョットまった!」と教会から花嫁をさらって行く終盤の場面が印象に残る映画でした。

 

この映画を鑑賞して半世紀も経ち今もなお一番、心に残っているのは、映画そのものよりもこの映画を彩る「サイモン&ガーファンクル」の楽曲です。

 

「卒業」を観る迄、記憶にあるスクリーン•ミュージックでは、台詞(セリフ)の邪魔にならない様に歌詞のない曲ばかりだった様に思います。

 

今、覚えている曲だとアラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」、カトリーヌ•ドヌーブ主演の「シェルブールの雨傘」、オリビア•ハッセー主演の「ロミオとジュリエット」、「白い恋人たち」はフランス、グルノーブルの冬季オリンピックの記録映画などです。

 

サイモン&ガーファンクルの名曲により、人気は不動に! 

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この映画「卒業」を彩るのがのニコルズ監督の、たっての強い希望で起用されたのが「サイモン&ガーファンクル」の楽曲です。

主題歌は「サウンド•オブ•サイレンス」挿入歌は「ミセス•ロビンソン」「スカボロー•フェア」等の曲です。

 

映画「卒業」の楽曲はビルボードでアルバム1位を獲得、16周連続で1位を独占し「サイモン&ガーファンクル」にとって初の快挙となり、それにより人気は不動のものとなったのです。

 

 

ポール•サイモンは1941年ニュージャージ州生まれ、アート•ガーファンクルも同年ニューヨーク州生まれで、2020年の今年で二人共に79歳になります。

共に中流のユダヤ人家庭に育ち同じ小学校に通い幼なじみの2人は、共に音楽好き故に無二の親友となりました。

1957年16歳で「トム&ジェリー」を結成、「ヘイ!スクールガール」を小ヒットさせましたがその後、二人は学業に戻って行きます。

 

しかしこの頃、サイモンは学業の傍ら、キャロル•キング(You've got a friend、It's too late等の代表曲が有ります)等と仕事をしたりしていました。

 

アート•ガーファンクルは、コロンビア大学で哲学、数学を学び、教職の免許を取り教師を務めていたのでした。

一方、ポール•サイモンは音楽への情熱、止み難く自身のデモテープをレコード会社に売り込みに歩く日々。

 

サイモン&ガーファンクル 遂に本格デビュー

 ついに、1964年「サイモン&ガーファンクル」を結成し本格デビュー!

しかし時代はビートルズ旋風が吹き荒れていて、残念ながらデビュー曲は何の反応も有りません。

 

しかし翌、1965年「サウンド•オブ•サイレンス」が全米NO1ヒットを獲得、ここから2人のサクセスストーリーが開始し、1966年「サウンド•オブ•サイレンス」がビルボード全米1位となりました。

 

一方、世界的なビートルズ旋風も凄まじくこの翌年、1966年6月にはビートルズは初来日をし、日本武道館での日本公演を行いました。

 

その後は1968年に「冬の散歩道」

1970年「明日にかける橋」はビルボード6週連続全米1位となりその後、「いとしのセシリア」「コンドルは飛んで行く」等を発表

 

この年1970年7月ニューヨーク、フォレスト•ヒルズ•デニス•スタジアムでコンサートが行われました。このコンサートを以ってデュオ、解散と言われています。

しかし乍ら、以後断続的に短期間での再結成をしています。

 

解散後、1981年9月にセントラルパークで行われたコンサートでは、聴衆は53万人で、売り上げの100万ドル(約1億円)はニューヨーク市に寄付されました。

 

1982年を皮切りに、3度の日本公演

 

1982年、5月にはSony Walkman Specialとして「サイモン&ガーファンクル」初の来日コンサートで後楽園球場、大阪球場の全5回、計16万人動員しました。

その後は1993年はAsahi Beer Big Specialとして、2009年にはOld Friends Tour2009としての3回の日本でのコンサートが行われました。

 

1964年にデビューし1970年に解散迄、僅か6年間で数多くのヒットを連発しました。

ボクサー、冬の散歩道、アメリカ、コンドルは飛んでいく、いとしのセシリアなどです。

特に圧巻なのは“明日に架ける橋”だと思います。

ニューヨークのユダヤ人街で育ったポール・サイモンが教会で聞いていたゴスペルソングがヒントになり創作した曲と言われています。

 


明日に架ける橋【訳詞付】- Simon & Garfunkel

 

1970年に発表した、この「明日に架ける橋」の楽曲はサイモン&ガーファンクル」にとって3作目となる全米1位獲得シングルで最大のヒット曲となりました。

 

リリースされ今年で丁度、半世紀を迎えます。

 

価値あるものは色あせる事なく、国を越え時代さえも超越し、人々に歌い継がれ、輝き続けていくものだ!と通感しています。