歴史に残る美容界の大転換❗️

 

イギリス、ロンドンのユダヤ人美容師の出現により世界の美容界に大転換が起きました。彼の名前はビダル•サスーン、幼い頃から決して恵まれた環境ではありませんでした。孤児院に預けられ14歳から美容師への道を歩き出し働いていたそうです。

ビダル・サスーンの功績 

彼は自分の店を65年も前にロンドンに構え亡くなる2012年迄、美容界に偉大なる貢献をしました。未だかつて美容界で彼ほどの貢献をした人は無いと思います。

世界中に美容師としての名を知らしめたのは45年位前からです。

彼の長年の研究に渡り、たどり着いたカット技法は衝撃的なものでした。

 

今、現在、仕事をしている世界中の美容師達のカット技法は大なり小なり彼から影響を受けたものであり、それぞれの技術の根底の基礎の部分になっていると思います。

 

当時、美容師の為の月刊誌等に紹介されていた彼の作品を眺めると今迄、見た事のない様なスタイルばかり緻密さ、レベルの高い洗練性に大きな衝撃を受けワクワクが止まりませんでした。

 

日本からも修行の為、渡英!

当時、日本からも行動力、勇気ある美容師達が海を渡りました。

ロンドンのサスーンのサロンで働けるチャンスを得た勇敢な美容師は長年の修行を積み帰国。その様な先駆者の人々が国内で講習会を開催しました。私の様にサスーンカットに魅せられた美容師達は講習会に日参し技法は自然と広まって行きました。

 

サスーンの技法は今迄と 何が違うのか?

サスーンはブラントカットでハサミのカットですが私が子供の頃はレザーカットが主流でした。

レザー(カミソリ)でカットする為、削ぎ取る様な切り方なので断面積が大きくなり髪が傷み易いのが欠点でした。

それに一番の違いは以前のカットはパーマをする為の下ごしらえの為のレベルのカットでしかありませんでした。

今、思うと言葉は悪いですが大雑把なカットをしてパーマをかける、その後カーラーで巻いて乾かしてスタイリングする。

そんな感じで今の言葉で言うとアバウトなカットでありアバウトなヘヤースタイルだったと言えます。

美容室での仕上げもカーラーで髪を巻き約20分程、御釜式のドライヤーを頭部に被せ熱風で乾かさなければなりません。時間も掛かりますし暑い時期は苦痛な事だったと思います。

                                  f:id:Satoyuki:20190923202208j:image

このスタンド式のドライヤーの下部に椅子を置き座り乾かします。今では何処の美容室へ行っても見かけなくなりました。

 

お客様が自宅での日々のお手入れも今、現在とは違い自宅でのシャンプー後はカーラーで髪を巻き就寝し翌朝、起きてカーラーを外しスタイリングする、これが女性達の日常なのでした。

ですから大事なお出掛けのある時は、まず美容室にセット予約を!が当たり前の時代でした。

         f:id:Satoyuki:20190929212319j:image 

冠婚葬祭などの時にセットの依頼があります。従来の様に御釜式のドライヤーを被ること無くホットカーラーで僅か10分足らずでセットの下ごしらえが終わります。

 

サスーンの 技法により時間の合理化が可能に!

サッスーンの技法は髪を細かく分け取り(幅1cm程)ガイドラインに沿って緻密に正確にカットします。それ故に自宅でのシャンプー後のお手入れは非常に楽になり再現性が高く乾かすだけで綺麗なホォルムが出来上がってしまいます。

ですから昨今ではセットのお客様は冠婚葬祭、行事は別として殆ど無くなりました。サスーンの研究した技法により日常での暮らしの中の変化は美容室へ出向く回数が減り自宅での手入れの時間も短縮され合理化が可能になったのです。

 

サスーンでの修行を終え技法を真っ先に日本に持ち帰った先駆者の川島氏のカット


【PEEK-A-BOO 川島文夫】タオルで乾かしてすぐに仕事に行ける髪型

 

 

世界中 の美容師がロンドンのアカデミーを目指す

2010年に偉大なるサスーンのドキュメンタリー映画が公開されました。その中でも有りますが彼の長年の研究成果により生み出した技法を眠らせる事なく後世に伝えるべくアカデミーを開校したのでした。

世界中から美容師達がロンドンへ学びに来て、そして技法を自国へ持ち帰り世界へドンドン広がり続けました。

 

憧れのロンドン・アカデミーへ

かつて、憧れのアカデミーへ僅か5日間(往復で8日)ですが学びに行きました。

当時の生徒の割合はヨーロッパ諸国の方が8割、アジアからは日本が殆どで韓国の方が少数いました。

今は世界情勢も大きく変化しているので、中国(今、現在は上海には2つのアカデミーが有ります)を始めアジアからも沢山の美容師達が集まり学んでいると思います。

 

当時は既に一般の方々にもサスーンの名は知れ渡っていました。ロンドンへの観光客の方々でも「折角、ロンドンへ来たのだからサスーンでカットして帰ろう」とアカデミーへ予約して当時、お客様が500円程度を支払えば私達、生徒がカット出来るシステムでした(通訳を通して先生の指示通りにカットするので大きな失敗はありません)

 

私がカットしたモデルで印象に残ってるのはスウェーデンからの観光客の子でお母さんが日本人でお父さんはスウェーデン人のハーフでした。

彼女のお陰で通訳を付けずに先生の指示を聞く事ができました。大阪出身のお母さんの影響で青い目の関西弁には笑えた思い出があります。

 

僅か5日間でも閉校式が有り一人一人名前を呼ばれてディプロマを受け取ります。自分の名が呼ばれる迄シャンパンと、おつまみを頂いて飲みながら自分の番を待ちます。

学校の閉校式でお酒を飲むの⁉️ カルチャーショック‼️

      f:id:Satoyuki:20190923162226j:image f:id:Satoyuki:20190923204134j:plain

 

サスーンカットを学んで沢山の月日が流れました。

その間トレンドはドンドン移り変わって行きました。

しかし、サッスーンの技法に出会い世界中の多くの美容師達が彼のお陰で基礎技術をしっかりと構築出来たのではないでしょうか?

又、長い美容界の歴史の中でこれ程の大変革は今迄にも無かった事であり、これから先の未来にも多分、無いのでは!?と個人的には確信しています。

美容界の長い歴史の中で大きな変革の時に学べた事は大きな事だったと思います。

 

忘れてならないのは今、現在カットしている多くの美容師さん達は自覚ある無しに関わらず間違い無くサッスーンの技法を受け継いでいるという事実です。

彼が研究して極めてくれたお陰で恩恵を受けた私達は感謝してもしきれません。

これからも今迄の技術を土台にして更にお客様に喜んで頂けるように精進していきます。

 

2010年に公開されたドキュメンタリー映画「 ビダル•サスーン」の予告編


映画『ヴィダル・サスーン』予告編