今年、70回目を迎えた イタリア 「サンレモ音楽祭」 私の音楽の原点

 サンレモ音楽祭

イタリアのサンレモの街では毎年、2月〜3月になると音楽祭が開かれます。

フランスの国境に近い、ラグーリア州の西側に位置し海岸線沿いの街、サンレモからはミラノやローマへ行くより隣国、フランスのニースの方が遥かに近い距離です。

f:id:Satoyuki:20200311171552j:image

 今年は70回目の"サンレモ音楽祭となり2月5日から8日迄、行われイタリア全土に生中継されました。イタリアの人々にとっては日本で言うならば年末の"紅白歌合戦"のような位置付けなのかな?と思ったりしますが•••

音楽祭は4日間をかけて行われて参加アーチストは、アレンジを加えたりゲストを招いたりして合計4回、同じ曲を歌い、競い合います。

多くの時間を費やして最も優れた楽曲を決めるのです。

初日は受けが良かった曲も後になる程に評価が落ちてしまったり、反対に最初はそれ程でなくても聴くほどに評価が上がっていく楽曲もあり最後の最後まで優勝曲の行方はわかりませんので、それ故に更に興味深いです。

 

1960年代に入ってからはコニー•フランス、ポール•アンカ、ディオンヌ•ワーウィク等の海外からのアーチストも参加する様になり優勝曲、入賞曲を競う様になりました。

国内外から豪華ゲストが毎回、登場するのも楽しみの1つです。

 

 

2018年にはイタリアの有名アーチスト、ズッケロ(Zucchero)のパートナーとして日本の布袋虎康さんも登場しました。


布袋&ズッケロ

 

 

様々なスター輩出 

過去、70年も読くサンレモ音楽祭に参加したアーチストの中からはジュリオラ•チンクエッティ、ボビー•ソロ、ウイルマ•ゴイク、又、上記のディオンヌ•ワーウィクの様な世界的なアーチストも数多く輩出しました。


雨 [日本語訳付き]  ジリオラ・チンクエッティ

 

 

 

ボビーソロの「君に涙とほほえみをこの曲に日本語の歌詞を付けて歌唱力を誇る日本のシンガー布施明さんのデビュー曲となりました。

 
「君に涙とほほえみを、Se piangi se ridi」ボビー・ソロ、Bobby Solo up

 

 

サンレモ音楽祭の優勝曲がグラミー賞を受賞 

 サンレモ音楽祭の優勝曲の中には世界的な大ヒットとなった曲も数多く1番、昔の楽曲だと日本でも良く知られている邦題では「ヴォラーレ」です。

この曲はアメリカに於いてミリオンセラーを記録し第1回、グラミー賞を受賞しました。

それによりサンレモ音楽祭は一躍、世界的に評価が高くなり、その後も「Al do la(アルディラ)」を始め後世に残る曲を生み出しています。

「ヴォラーレ」は日本に於いて以前、ビールのCMでも流れていたので殆どの方は聞き覚えのある曲だと思います。


Volare - Domenico Modugno - Nel blu dipinto di blu

 

4位入賞で優勝を逃した曲、アンドレア・ボチェッリ”con te partiro”は"タイム トゥ セイ グッバイ"

 

1995年、「サンレモ音楽祭」に於いて4位入賞で優勝を逃したアンドレア・ボチェッリの曲”con te partiro”ですが1996年に、この曲を聴いて感動した歌姫サラ・ブライトマンアンドレア・ボチェリにコラボを申し込み同曲の英語版「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」を発売した所、世界中で大ヒットし現在ではアンドレア•ボチェッリは世界的な歌手となり大成功をおさめました。

 


Andrea Bocelli, Sarah Brightman - Time To Say Goodbye (Live)

 

 

 

 アンドレア・ボチェッリは6歳でピアノを始め音楽の道へ進みますが12歳の時にサッカーボールを頭に受けた事が原因で先天性の緑内障が原因で失明しましたが歌手になる夢は持ち読けていました。

その後、今は亡き世界的なテノール歌手パバロッティとイタリアを代表する歌手のズッケロに見出された1994年にデビューしました。イタリアを代表するテノール歌手の一人として高い評価を得ています。

 

 

 アンドレア・ボチェッリの半生を映画化

盲目のテノール歌手アンドレア・ボチェッリの半生を自ら執筆した自伝的小説を映画化、少年時代に失明しながら歌手として才能を開いて行きます。

 

 
映画『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』予告編

 

 

 

 

幼い頃に衝撃を受けた「サンレモ音楽祭」の楽曲 

私が小学生の時にサンレモ音楽祭での「君に涙と微笑みを」「頬にかかる涙」の優勝曲を引っさげて「ボビーソロ」が初来日をしました。

偶然にもTVを視聴していた私は初めての洋楽に衝撃を受けました。この頃の時代は現代の様にTV、ラジオで洋楽に触れる機会は滅多にありませんでした。

 

その頃の日本のミュージックシーンでは歌謡曲、演歌が一番もてはやされていたと思います。子供心にも外国にはこんなに素敵な音楽が有るんだ!!と衝撃を受けました。

小学校から帰ると毎日、毎日レコード(当時はCDは有りません)を聴きイタリヤ語の歌詞を暗記、出来る程でした。

今、思うと幼かった私が「サンレモ音楽祭」により音楽に目覚める事が出来た様に思います。

既に半世紀も過ぎているのに自分にとって感動できる楽曲に出会った時のトキメキは小学生だったあの頃とちっとも変わっていません。

これからも更に感動できる楽曲に出会える事を楽しみにワクワクしています。